
『So Story』が目指すのは、現代の生活者のライフスタイルや故人を想う気持ち、供養に対する考え方にあった「自由な祈りの空間」を、見える化(言語化)すること。「人を想うとは」「自分にとっての祈りの空間とは」。さまざまな分野で活動する「わたしたち」の声を積み重ねたその先に、きっと新しい景色が待っている――。
毎週水曜日更新
Vol.88
清掃・人権交流会会長
押田五郎さん
それはぜんぜん当たり前じゃない。
自分のことは自分でする
戦後、東京で生まれて、下町で育ちました。両親は商売を何度か変えましたが、最後は「山水楼(さんすいろう)」という中華そば屋を営んでいました。…
Vol.87
琉球古典音楽演奏家
和田信一さん
人生のバトン
京都生まれの京都育ち。父親が社会人野球をやっていた影響で、ぼくも2、3歳から野球をはじめて、大学まで続けました。父の子だから自分も野球に向いていると思っていたし、好きだったから……
Vol.86
かんざわ英進塾
官澤治郎さん
ぼくは常に伴走者
外務省を離れてから1年、この塾をはじめて10か月経ちました。毎日楽しいし、とても充実しています。外務省時代は、アフガニスタン、イラク、イスラエル、パレスチナ、エジプト、アメリカ……
Vol.85
科学者
梶田隆章さん
いつか、いい日が来ることを願って、ねばり強く
研究室の親分
学生時代に物理学の研究に興味を持ち、大学院へ進みました。所属先は小柴昌俊研究室です。当時、特定の研究がしたいという気持ちなどはなく、また、小柴先生に憧れて、というわけでもありませんでした。...
Vol.84
外国人女性の会パルヨン
ニーナ・ハッカライネンさん
だれかを想うことは、自分を想うこと。
生きているあいだは
いま大津に住んでいます。琵琶湖があって、自然が豊かで、フィンランドによく似ています。人が少ないところも同じです。フィンランドは、男女平等が進んでいて、若い女性が子育てしながら総理大臣になれるような国。そういうところはすごくいいし、わたしも好きです。それなのに、なぜ日本に?...
Vol.83
アートディレクター
武真理子さん
時代も場所も飛び越えて、心通じる人がいる。
もののあはれを知る
歴史や文化は言葉で受け継がれてきました。私は日本語が大好きで、本当に美しいなと思うのです。特に、小林秀雄や加藤典洋の文章、西行の歌に触れると共感できることが多くて、…
Vol.82
音楽評論家
梅津時比古さん
ものの見方~抑圧された側の視点~
メルヘンチックな誤解
シューベルトの作品に『美しき水車小屋の娘』というタイトルで有名な歌曲があります。今年、わたしが出した本ではあえて、『水車屋の美しい娘』としました。というのも、従来のタイトルからはメルヘンチックな「美しい水車小屋」をイメージする人が多いのではないか、と思ったからです。…
Vol.81
関西学院大学教授
中井直正さん
森本さんのように
ひとりの熱意がまわりを動かす
1982年、直径45メートルの電波望遠鏡を持つ「野辺山宇宙電波観測所」が完成しました。日本の観測天文学を世界トップレベルにまで押し上げる業績です。…
Vol.80
光・空気・水
葉祥明さん
自分が自分である理由
命の時間
ぼくのアトリエは、絵描きのアトリエというより書庫。数千、数万と本があるから、絵を描くスペースはない(笑)。絵で食べてはいるけど、ぼくは、思索する人。...
Vol.79
京都癒しの旅 案内人
下戸眞由美さん
自分の気持ちに嘘をつけない場所
どうもない、どうもない。
中学生のときに母が家を出ていき、続けて父も家を離れてしまいました。両親ともに悩んだ末のことだと思いますが、それからずっと父方の祖母とのふたり暮らし。...
Vol.78
ギャラリー&ショップ テラ
小林亜里さん
言葉や思いはわたしの中でいきいきと生き続ける
こんな天気のいい日に
わたしの人生で大きなターニングポイントになったのは、作家の水上勉先生との出会いです。先生から竹紙のことを教えてもらうまでは、竹から紙ができることさえ知らなかった。ある日の朝6時半ころに電話が鳴って、...
Vol.77
京扇子 大西常商店 四代目若女将
大西里枝さん
バトンをつなぐ
ブランドの服を買いなさい
大西常商店は曾祖父が大正2年に創業しました。当時は元結(髪結いの和紙)の製造所として商売をしていましたが、時代の流れとともに日本髪の文化がなくなり、…
Vol.76
大橋石材店
大橋理宏さん
人を大切にする、それがいちばん大事。
技術と信頼と
2年半前に父を亡くしました。珪肺を患っていて、6年前に一度倒れてからは発作と治療を繰り返していました。医師からは薬が効くのも4回までが限界だからと言われていたのに、父は12回ももったんです。
Vol.75
供花デザイナー
岩田弘美さん
偲ぶ想いを花に託して
「フランスの花ですか?」
いま、ご縁があって仏花のお仕事をしていますが、はじまりは自宅の庭のガーデニングでした。庭で育てたお花をドライフラワーにして、それをリースにしリースにした品を偶然、百貨店のバイヤーの方が見て、うちで出してみませんかって。…
Vol.74
未来を育てる人
松本弘子さん
未来を育てるはたらき方
ベースにあるもの
15年前に父が亡くなりました。64歳。持病もなく、あまりに突然のことで、本人が一番びっくりしているかもしれません。当時、家族の中で仕事のことがわかっていたのがわたしだけだったということもあって、会社を継ぐことにしたんです。...
Vol.73
画家
塚本猪一郎さん
信頼の鎖でつなぎとめる
好きなことだけ
小さなころからベッドの下には大きな画用紙が100枚くらい、いつも置いてありました。絵を描いてもちぎっても、何に使ってもいいからと、母が用意してくれていたものです。小学生のとき…
Vol.72
タカマツ製作室
高松周史さん
偶然とつながりと、長く大切につかってもらえるもの
断れずに、そして偶然に
静岡の伊東の生まれで、実家は魚屋をしています。おじいちゃんが開業して、当時は保養所がたくさんあったから、納め先も多くて繁盛していたみたいです。いまは父と母とふたりの従業員で小さく営んでいます。…
Vol.71
教員
佐藤剛さん
「大丈夫かな」
父と母
実家は農家です。兄も教員で、兼業農家。ぼくもときどき田んぼを手伝っています。父には、農家から息子ふたりを大学に通わせて教員にしたという自負があったみたい。...
Vol.70
和婚塾 塾長/office MAY-Be代表
飯田美代子さん
仕事があるから元気でいられる
いちばん好きで、いちばん憧れた人
昭和5(1930)年に東京の下町、亀戸で生まれました。幼いころから作文や文字を書くことが好きで、将来はジャーナリストになりたいと思っていました。学校では音楽の授業がとにかく苦手で、それを知った父がとつぜんオルガンを買ってきてね。…
Vol.69
うのすまいワインプロジェクト
廣田一樹さん
想いは届く
どうしてもやりたい
生まれも育ちも千葉県です。小学生のときにテレビでラグビーの試合を観て、「こういうスポーツがしたい!」と思って。それまではサッカーをやっていて、ラグビーというスポーツ自体、知りませんでした。…
Vol.68
元新聞記者
武内宏之さん
こころの復興を見守り続けたい
因果な商売
わたしの原点は、夏目漱石の『こころ』です。中学2年生の夏休みに読んで、「人間って汚いなあ」と。思春期だから、ずいぶんと影響を受けました。...
Vol.67
薬師寺 執事
松久保伽秀さん
しっかりと立って生きるために
こちらも、向こうも
小学校4年生のある日、父に呼ばれ「あしたから修行へ行ってみるか?」と言われました。父の兄弟子にあたる高田好胤のもとで、住み込みで修行を積めというのです。そのころは親との関係もあまりよくない上に、5人兄弟の長男で、幼い弟たちの面倒を見なくてはならないのが億劫で、…
Vol.66
日本人ムスリム
小野愛美さん
自分の内面を見つめ直す時間
ダンス教室からムスリムに
子どものころからずっとバレエをやっていたこともあって、シンガポールに来てから、友人の勧めでサルサを習い始めました。そのサルサの教室を通じて出会ったのが、いまの夫です。...
Vol.65
神戸珠数店
神戸伸彰さん
和顔愛語
いつも側にいてくれる
父は仕事ばかりでいつも忙しくしていましたが、休みが取れるとよく家族旅行に連れて行ってくれました。食べることが好きで、ふたりでお寿司屋さんにも行きました。お互い音楽が好きだったから、音楽の話をすることが多かったかな。...
Vol.64
建築家
佐藤浩平さん
祈りの対象を想って、自分を律する
真実のひと言
わたしの師匠は白鳥健二といって、フランク・ロイド・ライトの孫弟子にあたります。わたしは建築家の中でフランク・ロイド・ライトがいちばん好きでしたので、白鳥さんのところに弟子入りしたんです。弟子入りしてすぐに白鳥さんに、...
Vol.63
ぎやまん郷
伊藤ナナさん
ご先祖さまはわたしたちの応援団
不思議なご縁に導かれて
あるとき、夢の中に、小柄で上品なおばあさんが出てきて「お墓参りに来てほしい」って言うのです。きっと親族の誰かだろうなと思って、...
Vol.62
手でつくるひと
加藤亜実さん
そういうことに時間を使いなさい。
手づくりを仕事に
北海道の本別町で生まれ育って、大学は札幌へ。就職活動をしていた大学3年生のときに、東京で働きたいと思って、大田区の蒲田にマンションを借りました。何社も面接にいきましたが、...
Vol.61
デザイナー/プロデューサー
角香織さん
仕事も人づきあいも、対等に向き合うのがいい。
素足にワンピースで走れ
山口の下関の生まれですが、父親の仕事の都合で転勤が多かったの。10歳から数年間はオーストラリアのシドニーで暮らしました。ちょうど70年代の前半。現地の学校に通いました。学校には移民の子たちも多くて、わたしも英語がほとんどわからなかったけれど、不自由することはほとんどなかった。
Vol.60
遠州屋酒店
斎藤英雄さん
自分が正しいと思うことに正直であれ
どこまでも強くなれるぞ
中学1年生から剣道を始めて、中西派一刀流の高野弘正先生と出会いました。昔は家の前の砂利道で、裸足で一人稽古をしたものです。人間の足も動物といっしょ。10日も続ければ足の裏で地面を掴まえられるようになりますよ。
Vol.59
社会のために働くひと
よぎさん
わたしの母はみんなのお母さん
あなたを信頼しているから
わたしは子どものころから正義感が強かったから、先生が間違ったことを言っていると思ったら、絶対認めない。それはおかしいでしょ、と。それで退学処分を受けそうになったこともありました(笑)。それでも、先生から母に連絡がいくたびに、「わたしはあなたを信頼しているから」って、いつも支えてくれました。
Vol.58
早稲田大学客員教授
小野隆彦さん
自然と神と人間が一体となる世界
君はセンスがないから
高校生のころにカメラをはじめて、ずっとプロのカメラマンを目指していました。大学に入ってからは、有名なカメラマンの鞄持ちをしていました。でも、あるとき、その人から、君はセンスがないから辞めたほうがいい、と。鋭い指摘ですよ。...
Vol.57
こりおり舎
千々木涼子さん
大切なひとのそばにいたい
本にのせてつなぐ
函館の大きな書店で働いていたころは、箱に入って届いた本をとにかく棚に並べて、自分の思いとは関係なく、売れる本を売る毎日で、気づくと好きだった本が単なる〈商品〉になって、好きなはずの仕事が作業になっていました。
Vol.56
漆工芸家
林曉さん
ものごとが見える人になれ。
それでいいのか
子どものころからものづくりが好きで、絵画や彫刻よりも工芸の道を選びました。工芸には金工、染色、陶器、ガラスなどがあるけれど、どれも素材が決まっています。…
Vol.55
トライアスロンコーチ
藤田智弥さん
挑戦する姿に心を動かされて
楽しいから、トライアスロン
水泳をはじめたのは3歳のころかな。週3、4日はプールに通っていました。小学4年生のときには全国大会に出場するくらいに泳げるようになりました。親にはオリンピックを目指してがんばれ、と。でも、中学生になってからはだんだんと泳ぐことが嫌になってしまってね。高校では泳ぐことすらやめてしまいました。大学は富山へ。…
Vol.54
生田神社 名誉宮司
加藤隆久さん
共にある、神と自然と人
震災からの復興~希望の光~
1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災で、生田神社も大きな被害を受けました。境内の建物はもとより、太平洋戦争の空襲で600発の焼夷弾が落とされたときにも残った石の大鳥居でさえ、震災では根元から倒れました。倒壊した拝殿の屋根は地面を覆い、まるで地上を這う獣のようでした。…
Vol.53
目利き
新居勝己さん
こんどはぼくが「恩返し」をする番
教授とヤマメ
わけあって地元、徳島の商業高校を中退してから、大阪で兄が経営するクリーニング店で営業まわりの仕事をしました。でもずっと、「日本の一番は東京や」と思い込んでいたので、ある日、ひとりで最終列車に乗って、東京へ。17歳のころです。
Vol.52
立教英国学院 後援会会長
鈴木武次さん
ものごとを追求し続けて、本物に出会う
祈りと奉仕の学生時代
わたしは生まれも育ちも大宮で、いまお話をしている、この大宮聖愛教会で洗礼を受けました。学校生活と教会活動はごく自然に両立していましたから、信仰心というものを特別に意識しないでも、自然に身についたと感じています。…
Vol.51
安田松慶堂
安田元慶さん
だれかの人生の深いところに関わる仕事
家族の情景~親から子へ、子から孫へ~
安田松慶堂は1792(寛政4)年の創業と伝わっています。近江(滋賀)の仏師だった初代が江戸幕府に呼ばれて芝の増上寺の修復に携わり、江戸で大仏師となりました。...
Vol.50
作家
いしいしんじさん
目に見えないもののほうが信じられる
奥深いところから湧き出るもの
高校を卒業して、デザイン事務所で働いていたある日、先輩から「このまま続けてもダメになるから辞めろ。大学へ行け」と言われて、猛勉強して大学へ行きました。...
Vol.49
「Gallery éf」オーナー
村守恵子さん
人好きな蔵と私たち
祖父は1926年に浅草のこの場所で渕川金属事務所という金属の会社をはじめました。蔵はもともと材木問屋のもので、江戸時代に建てられて、関東大震災や第二次大戦でも焼けずに生き延びました。26年前に私の父が亡くなり...
Vol.48
行をする者
村上清さん
本物の仏像を彫りたい。
ひとりになって見えたもの
薪がたくさん積んであるのは、不安の表れです。都会だと、前もって何かを準備する必要がありません。なんでもすぐにコンビニで手に入りますから。...
Vol.47
婚活アドバイザー
佐々木千明さん
動物も人も、とことん付き合いたい。
うちの子、エース
幼いころ、おばあちゃんの家にニューファンドランド犬がいたこともあって、ずっと大型犬に憧れていました。...
Vol.46
週末カフェ「にゃらや」店主
稲増祐希さん
たくさんの人に支えられて
両親とおばあちゃんとわたしの食卓
幼いころはおばあちゃんと一緒に過ごすことが多かったです。おばあちゃんの友人の家にもよく行きました。おばあちゃんがいなくても、ひとりでその家に遊びに行ってしまうくらい(笑)。…
Vol.45
能楽師 宝生流第二十代宗家
宝生和英さん
イノベーションと利他
5人の先生たちの愛
子どものころ、僕は父の稽古ではなかなか上達しなかったんです。まわりからも、あれでは宗家になれないよ、と。それで母に勧められて、同時期に5人の能楽師に習うことにしました。…
Vol.44
WEB集客アドバイザー
猪田進さん
人はいくつになっても変われる。
がむしゃらに上を目指し、突き進む
高校生のときに、近所に住んでいたお兄さんからサーフィンを教わりました。それからサーフィンが大好きになって、稲村ケ崎など湘南の海に通いました。...
Vol.43
フォトグラファー
塩澤秀樹さん
写真から蘇る記憶~いまを生きる力に~
想いひとつでヒマラヤへ行く
大学4年の卒業試験直前のタイミングで、どうしてもヒマラヤに行きたくなったんです。ざんざん考えた挙句に教授に相談したら、「あなたがいまやっていることは、あとで2倍にも3倍にもなって返ってくる」って。...
Vol.42
京都山本製革店
山本素士さん
ものをつくることは、誰かの人生に関わること。
好きなことで誰かの力になりたい
京都の山科で生まれ育ちました。大学を出てからは技師として働いていましたが、趣味ではじめたバイオリンが楽しくって。大人になってからバイオリンを弾くのはなかなかたいへんですね(笑)。...
Vol.41
香老舗 松栄堂
畑元章さん
香りと記憶
おとなの背中を見て育つ
わが家は最近引っ越しをしまして、二世帯住宅になりました。出社前にお仏壇にお参りするのですが、子どもたちも自然とおりんを鳴らしたり、手を合わせるようになりました。...
Vol.40
音楽家・はさまや酒造店12代当主
かの香織さん
互いに想い合い、わかち合えば、力になる
最初のピアノは紙の鍵盤
宮城県栗原市の造り酒屋の一人娘として生まれました。家にはいつも職人さんたちがいて、明け方になると蔵のほうから仕込み歌が聞こえてくる。…
Vol.39
プロ冒険家
阿部雅龍さん
自分の人生のハンドルを離してはいけない。
21歳のときに大学を休学してお金を貯めて、22歳で南米大陸を自転車で縦断しました。これが僕の中では初めての海外旅行で…
Vol.38
まなか
玉越健一さん
誠実であること。笑顔でいること。
浅草に生まれ育って、高校時代はサッカー部に所属。とにかく毎日が楽しかった。でも、学校の勉強は苦手で。…
Vol.37
コミュニティをつくりだす人
メリー香織村尾さん
いつか、母の小説を完成させたい。
日本の暮らしに奮闘した母
母はアメリカのミズーリ州出身で、アメリカで日本人の父と出会い、結婚して1976年に日本にやってきました。祖父母といっしょの家に暮らしていたときは、…
Vol.36
ナレーター・帽子作家・シンガーソングライター
有馬ゆみこさん
毎日をもっと大切に生きよう。
父の仕事の関係でカナダで生まれて、その後も転勤でいろんな国で暮らしていました。日本に帰るのは年に1回くらい。両親の故郷の高知県へ。...
Vol.35
映画監督
東海林毅さん
相手を想うことは、鏡合わせの自分を見ること
自分の生きかたを決めたもの
物心ついたときには、母親と弟、祖父母の5人暮らしでした。母はピアノの先生で、朝から晩までずっと働きづめ。遊び相手は自分自身か、祖父母でした。...
Vol.34
リブラン
鈴木雄二さん
僕の恩返しのかたち
受けた恩は若い人たちに返す
55歳で引退する。それは会社のみんなにも伝えてあります。以前、四国のお遍路に行ったときに、地元の方々にものすごくお世話になった。...
Vol.33
木を植える人
池田久幸さん
自然とともに生きるサイクルをつくる
自然との調和は人に優しい
天然の塗料である漆は、古くから人間の生活を潤してきました。会津にとって漆はとても大事なもの。歴史ある会津塗りを守る活動として、...
Vol.32
パティシエ
芦田真理子さん
シンプルに、好きなことを追い続ける。
兵庫県に生まれて、大学生の時に一人暮らしをはじめました。家ではよく焼き菓子を作っていていました。栄養学を学んではいたけれど、...
Vol.31
ギャラリーオーナー
引田かおりさん
グーより、パー。
小さな奇跡が重なって
結婚をして、仕事を離れて、子どもが生まれて、家族のために懸命に生きてきました。でも、いつもどこかに、わたしは主婦に向いていないかもしれないと思うことがあって。...
Vol.30
タニタハウジングウエア
谷田泰さん
乾杯のあいさつは祖母に
祖母と妻とわたし
子どものころから母方の祖母と過ごす時間が多くて、一緒にキャッチボールもしました。大人になってからもたくさんお世話になっていました。...
Vol.29
チベット医
小川康さん
意図的ではない日々の営みが人を動かす
祈りの場所~土地か人か~
わたしは富山県の高岡市で生まれ育ちました。家には仏壇と神棚とがあって、ばあちゃんが毎朝ご飯を盛って神棚に手を合わせる――、
Vol.28
茶わん家
阿部春弥さん
自然に想う、父のこと
父との距離が近づいた
父とはお互いのあいだに壁というか溝がありました。父も焼きものの仕事をしていたから、先輩後輩の間柄。父はとても繊細な芸術肌で、自分の世界をもっている人。...
Vol.27
プロダクトデザイナー
菊池光義さん
だれかのためになるようなものをつくり続けたい
仕事が忙しくても、酔っていても
父は大工でした。特別なにかを教わることはありませんでしたが、子どものころは余った端材をもらって遊んだりしていました。,,,
Vol.26
住職・建築士
武山一堂さん
大きな時の流れを感じながら生きてゆく
心に残っていた父の言葉
安倍川を見渡せる自然豊かな山の中腹にある秘在寺の長男として生まれました。父は住職のかたわら、座禅指導の講師として長年学校に勤めていました。...
Vol.25
陶芸作家
岸本しのぶさん
気丈な母は、旅立つその日まで美しかった。
とくべつ褒めたりはせず、そっと飾る
高校で美術を専攻して、短大ではデザインと陶芸を学びました。卒業後は西武百貨店に就職。食器売場で販売や買い付けの仕事をしていましたが、...
Vol.24
ダイバーシティ・アテンダント協会
内山早苗さん
おもしろくて、有能で、ちょい悪オヤジな車いすのふたりの友
仕事を通して社会とつながる
小さいころから本を読むことが大好きで、本に関わる仕事しかできないと思っていました。出版社に就職した当時は、...
Vol.23
中岡農園
山本千内さん
食べてくれる人の心に火をともす
人が生き還る瞬間
福岡で自然農の修行をしていたとき、しめ縄づくりの名人から縄のない方を教えてもらいました。足に引っ掛けてなうのですが、...
Vol.22
グループリビング みたかの家
竹内碩子さん
強く育ててくれた母と、解きほぐしてくれたふたり
自分の力でなんとかしなさい
母は大正7年生まれ。当時にしては珍しく、語学が堪能で自立した女性でした。料理が得意だったものだから、...
Vol.21
トカノハート&ハート
松井麻律さん
もっと気軽に誰かに頼れるように
感情表現が苦手だった
幼いころから男勝りな性格で、人との距離感をつかむのが苦手。対人関係が得意なほうではなかった。双子の妹はわたしとは正反対で女の子っぽい可愛らしい性格。…
Vol.20
チームアナリスト
清水塁さん
心から僕を求めてくれる人たちがいた
先人のいない道を切り開く
大学1年のときに首を負傷したことでレフリーの道に進むことになりました。レフリーというポジションは観客からは...
Vol.19
シェフ
原川慎一郎さん
ひと・もの・とち
おばあちゃんの暮らし方、生き方
何かをしているときに、ふと思い出す人はたくさんいます。料理するときの仕草ひとつとっても、...
Vol.18
二十六聖人修道院司祭
泉類治(ルイス・フォンテス)さん
亡くなった人のことを想う日
姉は理想のおかあさん
わたしの誕生日は1931年4月1日、ウソではありません(笑)。生まれて3日で洗礼を受けました。当時のスペインは、...
Vol.17
ガラス作家
イイノナホさん
紙のかみさまに、約束。
おじいちゃんと作業場
祖父の家は東京・四谷の石材店でした。神社の石畳の階段をつくったり、墓石に名前を彫ったり。幼いころから祖父の働く姿を見て育ちました。…
Vol.16
ペンネンノルデ/ひいらぎ
市原ゆきさん
今までの鬱屈が一気にすっとなくなった
何度思い返しても……
昨年の夏に家族で長野を訪れたときのこと。わたしが車を運転していました。とある道のトンネルを出たところで、…
Vol.15
デザイナー
清水慶太さん
パブリックからパーソナルへ
「人を想い人に還る」。これは父が長年勤めた大学を退官するときの展示テーマでした。父も現役のデザイナー。…
Vol.14
京漆芸彩色・倉橋工房 塗師
倉橋宏明さん
ぼくは祖母を車に乗せて桜並木へ向かった。
京都の漆の伝統を受け継ぐ
京都の漆職人の家に生まれ、幼い頃から祖父母や父の仕事を見て育ちました。大学を卒業後は家業には入らず、…
Vol.13
シンガーソングライター
白井貴子さん
ファミリーツリーをつないでいこう
いつもそばにいてくれるから
デビューが決まったとき、年の近かった叔母が一緒に上京してくれました。当時は忙しくて深夜放送もあって、…
Vol.12
若林佛具製作所
若林智幸さん
「ええもんをつくれ」~引き継がれる想い~
強烈な個性をもった先代たち
若林の事業を拡大したのは3代目の曽祖父、そして、4代目にあたる祖父でした。祖父は高度経済成長期を走りぬいた経営者であり、…
Vol.11
ハンドベル奏者
大坪泰子さん
「いつか」じゃなくて、「いま」じゃない?
ハンドベルができないと泣いた日
ハンドベルに出会ったのは中学生のとき。初めて見た瞬間に、絶対やりたい。そう思いました。中学3年生から…
Vol.10
ウエディングプロデューサー
安部トシ子さん
節目があるから、人は強くなれる。
九州から東京へ
大分県で生まれて、長崎の学校に行きましたから、友だちは九州が多いかな。いまでも、お互いに「ちゃん」付けで呼びあってるわね。学校を卒業して、…
Vol.9
絵本作家
長野ヒデ子さん
なりゆきが不思議を生む
出会いはいつも行きあたりばったり
愛媛県越智郡富田村(現在の今治市)に生まれました。実家は造り酒屋だったけど…
Vol.8
手紙寺 住職
井上城治さん
胸を張って生きろ。
一度も書いたことのない手紙
手紙寺を始めたきっかけは、昔の恋人への思いです。迷惑をかけてばかりでしたが、…
Vol.7
歌人・英文学者
大田美和さん
良い出会いのために、準備しておきたい
松が谷の木
私が大学の教員になって間もないころ、教え子のひとりを亡くしたことがありました。学校を卒業して、…
Vol.6
最福寺 住職
廣沢智純さん
その人の声や生き方は、心のなかに生きつづける
知らない土地に身をおく
静岡県土肥市のお寺の五男として生まれました。兄が実家のお寺を継いだので、わたしは特にお寺のことをするわけでもなく…
Vol.5
織物創作家
奥塩千恵さん
強く握ってくれた手
大好きなおじいちゃんの膝の上
わたしは台湾で生まれました。幼いころは、親の仕事の事情で里親のもとで生活していました。実の子のように育ててくれたおじいちゃんとおばあちゃんは…
Vol.4
川本商店
川本雅由さん
そこにいないからといって、終わりではない。
言葉がないからこそ通じるもの
祖父は川本商店の2代目でした。私の記憶に残っているおじいちゃんは、マッサージ椅子に日がな一日座っている姿。そっと触れると…
Vol.3
フラワーデザイナー
舘美奈子さん
自然の風をいつも近くで感じていたい
季節を楽しみながら生きる
18歳のときに旅行でドライフラワーのアトリエを訪れました。そこで花の世界に魅了されて、花の世界に入りました。アトリエがあるのは長野県の安曇野。自然が美しいところで、…
Vol.2
作家
高橋千劔破さん
若い日の思い出は、自分だけのものだから
僕にとって、山は青春の思い出そのもの
学生時代は山岳部。学校の外でも自分で山岳会をつくって仲間と山に登っていました。「高橋は学校から山に行くのか、山から学校に通っているのか」、なんて言われたものです。......
Vol.1
インテリアアドバイザー
森口潔 さん
伸ばした両手に巻き付けた、母の毛糸玉
「M」のワッペンが付いたおさがりのセーター
母は裁縫が得意な人で、わたしが小さい頃はよく手づくりの洋服をあつらえてくれました。ひとつだけ、母が「M」のワッペンを縫い付け......
Vol.89
橘内裕人さん
それでもぼくは生きている(仮)
1984年、福島生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。元・映画プロデューサー。主なプロデュース作品に『物置のピアノ』(主演:芳根京子、2014年)。人生、山あり谷ありのはずが、どこまでいっても谷ばかり。ガス代が払えず真冬に水風呂に浸かり、食材が買えず大家さんの畑に忍び込みニンジンを盗んだことも。福島市在住。